2009年12月15日火曜日
2009年12月6日日曜日
ゴッドマザーになった。
「マチルダのゴッドマザーになってもらえないかな」
ある日、ハームの弟のバスが私に打診した。「ゴッドマザー」と聞くと思わずマフィアのドン(の女房?)を思い浮かべてしまうが、もちろんそれではない。キリスト教の儀式に基づく「第二の親」のようなものである。マチルダの両親であるバスとウリが早く亡くなるようなことが起きた場合、私が彼女の親代わりになるという約束である。私はカトリック教徒でないので、その点だけが気になったのだが、教会からはすでに了承を得ているということだったので、喜んでマチルダのゴッドマザーを引き受けることにした。
6日の日曜日、マチルダの洗礼式のため、家族がドイツのボンに集まった。ハーム弟の妻ウリがドイツ人なので、集合場所が彼女の実家になったのだ。マチルダに洗礼を受けさせるという考えも、実はこのドイツ側の家族のもので、ハーム一家は全く乗り気でない様子だった。しかし、後で聞いた話だが、子供の苗字をハーム家の「Dorren」にする代わりに、子供に洗礼を受けさせるという夫婦間の取引があったらしい。どこの家族にもありがちなギブ・アンド・テイクである。
閑静な住宅街にある病院の敷地内にチャペルはあった。ヨーロッパの病院には大抵、小さなチャペルがついている。病院内で亡くなった人を弔うほか、生まれたばかりの赤ちゃんの洗礼式を行うためだという。乳児の死亡率が高かった昔は特に、赤ちゃんが生まれるとすぐに洗礼を受けさせたらしい。洗礼を受けずに死んでしまった人は、天国に行けないと信じられているからだ。マチルダはすでに生後5カ月になっており、昔のスタンダードからすると、随分大きくなってから洗礼を受けたことになる。
参加者は全部で20人ほどの、こじんまりした集まりだった。ローソクの温かい光に照らされた小さな教会は、小さなマチルダの洗礼式にぴったりだった。オルガンの音で式が始まり、優しそうな初老の神父が式を進めた。皆の椅子の上にマチルダの写真入りパンフレットが置いてあり、そこに神父の言葉や我々の言うべきセリフが書いてある。すべてはドイツ語で私はチンプンカンプンだったが、「Paten(ゴッドマザー)」と書いてあるところでは、発音もよく分からないままに、何度か「Wir Sind bereit」と言わねばならなかった。
そして、事前に用意するように言われていた「マチルダのための3つの願い」を皆の前でオランダ語で読み上げた。
「マチルダ、あなたが温かい友情、愛情に恵まれますように。そして、感謝の心を忘れませんように」
「マチルダ、あなたが強さと思いやりを持てますように」
「マチルダ、あなたが自信を持って社会に貢献できますように」
父親のバスからは、私に向けた言葉が贈られた。
「はるばる日本からやってきて、オランダの家族に常に心を開いてくれたことを感謝しています。マチルダにはあなたのように広い視野を持った人になってもらいたいと思っています。これからマチルダの叔母として、全く違った文化的背景から彼女に助言を与えてやってほしい」
私はマチルダのゴッドマザーに選んでもらえたことが嬉しかった。バスとウリの信頼に応えたいと思った。
ベビーカーの中で寝ていたマチルダは、最後に抱き上げられ、白いレースの布でくるまれた。そして、神父が仰向けになった彼女の頭に、銀の水差しから少しだけ水を注いだ。抱き上げられて目を覚ましたばかりのマチルダは、いきなり頭に冷水をかけられてワーッと泣き出してしまった。
最後に皆でオルガンに合わせて聖歌を歌い、この式は終了した。初めはあまり乗り気でなかったハーム家の人びとも、静かな教会で、こうして皆でマチルダの人生を祝福するのはいいもんだと思ったのだろう。式の後、皆ひとしきり清清しい顔で「とても美しい式だった」と言っていた。
ある日、ハームの弟のバスが私に打診した。「ゴッドマザー」と聞くと思わずマフィアのドン(の女房?)を思い浮かべてしまうが、もちろんそれではない。キリスト教の儀式に基づく「第二の親」のようなものである。マチルダの両親であるバスとウリが早く亡くなるようなことが起きた場合、私が彼女の親代わりになるという約束である。私はカトリック教徒でないので、その点だけが気になったのだが、教会からはすでに了承を得ているということだったので、喜んでマチルダのゴッドマザーを引き受けることにした。
6日の日曜日、マチルダの洗礼式のため、家族がドイツのボンに集まった。ハーム弟の妻ウリがドイツ人なので、集合場所が彼女の実家になったのだ。マチルダに洗礼を受けさせるという考えも、実はこのドイツ側の家族のもので、ハーム一家は全く乗り気でない様子だった。しかし、後で聞いた話だが、子供の苗字をハーム家の「Dorren」にする代わりに、子供に洗礼を受けさせるという夫婦間の取引があったらしい。どこの家族にもありがちなギブ・アンド・テイクである。
閑静な住宅街にある病院の敷地内にチャペルはあった。ヨーロッパの病院には大抵、小さなチャペルがついている。病院内で亡くなった人を弔うほか、生まれたばかりの赤ちゃんの洗礼式を行うためだという。乳児の死亡率が高かった昔は特に、赤ちゃんが生まれるとすぐに洗礼を受けさせたらしい。洗礼を受けずに死んでしまった人は、天国に行けないと信じられているからだ。マチルダはすでに生後5カ月になっており、昔のスタンダードからすると、随分大きくなってから洗礼を受けたことになる。
参加者は全部で20人ほどの、こじんまりした集まりだった。ローソクの温かい光に照らされた小さな教会は、小さなマチルダの洗礼式にぴったりだった。オルガンの音で式が始まり、優しそうな初老の神父が式を進めた。皆の椅子の上にマチルダの写真入りパンフレットが置いてあり、そこに神父の言葉や我々の言うべきセリフが書いてある。すべてはドイツ語で私はチンプンカンプンだったが、「Paten(ゴッドマザー)」と書いてあるところでは、発音もよく分からないままに、何度か「Wir Sind bereit」と言わねばならなかった。
そして、事前に用意するように言われていた「マチルダのための3つの願い」を皆の前でオランダ語で読み上げた。
「マチルダ、あなたが温かい友情、愛情に恵まれますように。そして、感謝の心を忘れませんように」
「マチルダ、あなたが強さと思いやりを持てますように」
「マチルダ、あなたが自信を持って社会に貢献できますように」
父親のバスからは、私に向けた言葉が贈られた。
「はるばる日本からやってきて、オランダの家族に常に心を開いてくれたことを感謝しています。マチルダにはあなたのように広い視野を持った人になってもらいたいと思っています。これからマチルダの叔母として、全く違った文化的背景から彼女に助言を与えてやってほしい」
私はマチルダのゴッドマザーに選んでもらえたことが嬉しかった。バスとウリの信頼に応えたいと思った。
ベビーカーの中で寝ていたマチルダは、最後に抱き上げられ、白いレースの布でくるまれた。そして、神父が仰向けになった彼女の頭に、銀の水差しから少しだけ水を注いだ。抱き上げられて目を覚ましたばかりのマチルダは、いきなり頭に冷水をかけられてワーッと泣き出してしまった。
最後に皆でオルガンに合わせて聖歌を歌い、この式は終了した。初めはあまり乗り気でなかったハーム家の人びとも、静かな教会で、こうして皆でマチルダの人生を祝福するのはいいもんだと思ったのだろう。式の後、皆ひとしきり清清しい顔で「とても美しい式だった」と言っていた。
式の後は、皆でぞろぞろ歩いてウリのお母さんの家へ。彼女は離婚後、現在は一人暮らしをしている。ここでシャンパンから始まり、延々と夕方までご馳走をいただいた。メインのアヒル肉の煮込みも、最後に出てきた何種類ものケーキも素晴らしく美味しかった。ウリは一人娘で私と同い年。ウリのお母さんが孫を持つことをあきらめかけていた時に、マチルダは生まれた。この洗礼式とパーティは、彼女にとって非常に重要なイベントだったのだ。テーブルセット、料理、花……すべてに心が込められており、実に愛情に満ちたいいパーティだった。
2009年11月18日水曜日
遅刻したシンタ
こちらはクリスマスの前にシンタクラースがやってくる関係で、街では早くもお祭り気分が盛り上がっている。先週末はアイントホーフェンにもシンタクラースがやって来るということで、私もマー坊を連れて近所の運河までシンタクラースの船を見に行った。
毎年、予定の時間より遅れて到着するシンタのおじさん、今年はとりわけ遅かった。例年の如く、顔をドーランで真っ黒に塗った「くろんぼの」ズワルトピットが芸をしたりお菓子を配ったりして間を持たせるのだが、子供達がそれにも飽きてチョロチョロ動き始めた頃、ようやくプレゼントの山を積んだ派手な船がやってきた。 船上ではたくさんのズワルトピットが音楽に合わせて腰を振りながら子供達に手を振る。子供達は大喜びで船に向かって手を振り返す。
しかし、よく見るとシンタクラースが乗っていない。船自体はどう見ても今日の主役的な大型のものだったので、「これで終わりなの?」「シンタクラースは乗っていた?」と混乱しながら子供も大人もその場に立ち空くしてしまった。ここまで待っていたのだから、やっぱりメインのシンタクラースを見てから帰りたい。
すると、少し遅れて小型のモーターボートがやってきた。「メガミンディ」という正義の味方キャラクターに扮したズワルトピットと共に、シンタのおじさんも乗っている。アナウンサーが興奮した声で叫ぶ。「みんな、見て!メガミンディがシンタクラースを連れてきたわよ!」
明らかに、何らかの理由でシンタクラース役のおじさんが時間通りに到着しなかったものと見られる。それで、急遽メガミンディが連れてきた設定にしたのだろう。うちのマー坊はシンタクラース自体、よく分からないままに参加していたのだが、もっと大きい子供達にとっては、シンタクラースが遅れてチンケな小型ボートでやって来たというのはちょっと残念な出来事だっただろう。みんな楽しみに1時間以上待っていたというのに、本当にかわいそうだった。シンタは遅刻しちゃいかんよなあ。
しかしまあ、うちのマー坊は何だかよく分からないながらも、このイベントを楽しんだようである。彼は最近、ジングルベルの歌をよく口ずさむのだが、誰も教えていないのに、なぜか歌詞が「ナンマイダ~~ナンマイダ~」になっている。この、えらく仏教的なジングルベル、祭りなら何でも楽しむ日本人のメンタリティを表しているようで、とても気に入っている。
2009年11月10日火曜日
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