浜松で弟一家と再会。大阪で大人に囲まれてちやほやされていたマウリッツは、いきなり子供4人の過酷な競争社会を体験したのでした。それでも環境の変化に即座に適応できるのはさすが子供。次の日にはすっかり溶け込んでいました。
2009年1月4日日曜日
2008年12月31日水曜日
あけましておめでとうございます.
ここアイントホーフェンにも2009年がやってきました。昨年の今頃はちょうど帰国中だったため、アイントホーフェンで新年を迎えるのは実は初めてでした。近所に住む友人ファミリーが夜10時半ごろから家に来てくれて、一緒に蕎麦を食べたり、ワインを飲んだりしながら年を越しました。
こちらは中国と同様、すさまじい花火と爆竹で年を明けます。学生の多いユトレヒトでは、それはそれはすさまじい爆発音が鳴り響き、外に出るのも恐ろしいほどでしたが、ここアイントホーフェンの我が家の周りは比較的大人しく、しかも爆竹よりもちゃんとした打ち上げ花火が多い印象で、皆で外に出てしばし夜空にきらめく赤や緑の光を楽しみました(かなりプロフェッショナルな花火も多数)。
夜中の0時になると近所の人たちは皆、外に出てきて「新年おめでとう!」と言いながら左右のほっぺたにチュッチュッチュッと3回キスをして挨拶をします。我々もそうでしたが、新年を迎えるまでにさんざんワインやシャンペンを飲んで、皆、相当にできあがっちゃっています。なかでも一番、酔っ払っていたのはうちのハームで、氷点下の気温の中、上着も着ないでシャンパングラスを片手にぶらぶらしていました。新年早々、思いやられます。
1日の今日はハーム両親が午後から家にやってきて、歓談したり一緒に夕食を食べたりして過ごしました。今日はハームが料理をすることになっていたので、私は楽ができる……と思っていたのですが、マウリッツがムチャクチャ元気で、その相手だけでも相当ヘロヘロになってしまいました。今年もマー坊中心の日々が続きます。 しかし、今年はもう少し自分の時間を作り、1人静かに何か創造的な事を楽しみたいと思っています。
新たな年が皆様にとって、愉しい1年になりますように!今年もどうぞよろしくお願いします。
2008年12月27日土曜日
クリスマス
こちらのクリスマスは日本のお正月のような位置づけにあり、一家が集まる大切な日となっている。特にクリスマス1日目の12月25日に誰の家で過ごすか――つまり、夫の両親の家なのか、妻の両親の家なのか――というのは重要な問題で、時には家族の平和を揺るがすほどの大問題に発展することもあるようだ。
我々についてはこのことについては問題になりようがなく、毎年24日の夕方にハーム両親の家に皆が集まり、1泊して25日もディナーまで一緒に過ごすのが恒例となっている。しかし、今年はハーム母が11月末に足の手術をした関係で、25日の午後から夜にかけて一緒に過ごすにとどまった。
ハーム母は手術後3カ月間は松葉杖。両手を自由に使えない状態なので、服を着替えたりお風呂に入ったりするのも、すべてハーム父に手伝ってもらわねばならない。人に依存しなければ何もできない状態はとてもストレスになるとみられ、いつもチャキチャキしている人だけにとても気の毒だった。
そして、もっと気の毒だったのはハーム父。毎日の炊事、洗濯、掃除をすべて一人でこなさなければならない上、大きな赤ん坊を抱えているような生活で、さすがに顔に疲労の色が出ていた。それでも、オランダのこの地方の人が冬によく食べるという野うさぎを2日前から調味料に漬け込み、前日に2時間かけて料理してくれた。ウサギや鹿などの野生動物の肉を私はあまり美味しいとは思わないのだが、彼が料理してくれるものは特別だ。ただし、1年に1回で十分。 
ハームの弟夫婦は、キプロス島にバカンスに行ってしまい、今回は来なかった。そして、ハームの妹一家は、ある争いがきっかけで、このところ家族の集まりには来なくなっている。そんなわけで、今年は年老いたハーム両親と我々親子だけのちょっと寂しいクリスマスだった。
2008年12月21日日曜日
クリスマスプレゼント
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